
――「憧れのお姉さん」から「年下の妹」へ変わっていく距離感の中で
ハロー!プロジェクトが30周年を迎えたと聞いて、胸が高鳴るというよりも、静かに深呼吸をしたくなった。
それはきっと、この30年が「熱狂」だけではなく、「人生の一部」になっていたからだと思う。
モーニング娘。をきっかけに、太陽とシスコムーン、松浦亜弥、後藤真希、Berryz工房、℃-ute、アンジュルム、Juice=Juice、そしてBEYOOOOONDSへと続く系譜。
そのすべてを同じ距離感で追ってきたわけではない。それでも、ふとした瞬間に流れる楽曲や、卒業のニュースを目にしたとき、「ああ、まだ続いているんだ」と感じる自分がいる。
かつて彼女たちは、テレビの向こうにいる「憧れのお姉さん」だった。
やがて同年代になり、無意識に比べてしまう「ライバル」のような存在になり、
そして今では、多くのメンバーが「年下の妹」のように見える。
この変化は、ハロプロが変わったからではない。
私たち自身が変わってきた証でもある。
憧れのお姉さんだったモーニング娘。との出会い

モーニング娘。が放つ最初の輝きは、圧倒的だった。
安倍なつみのまっすぐな歌声、後藤真希の存在感、石黒彩や保田圭のリアルな人間味。
そこに辻希美と加護亜依という“子ども”が加わり、グループは一気に物語性を帯びていった。
モーニング娘。の始まりは、そもそも「アイドル」ではなかった。
それは今振り返ると、かなり異質で、そして決定的に親近感を生む出自だった。
彼女たちは、テレビ東京系『ASAYAN』で行われたオーディション企画において、
アーティスト志望として挑戦し、最終選考で落選したメンバーたちで構成されたグループだった。
華やかなデビューを約束された存在ではなく、「落ちた側」「敗者復活」の物語から始まったこと。
この一点だけでも、当時の視聴者、とりわけ同世代の女性たちの心を強く掴んでいたと思う。
「完璧じゃない」「途中でつまずいている」
その姿が、テレビ越しでもはっきり伝わってきた。
メンバーと時代の移り変わり

初期のモーニング娘。は、のちに国民的ブームを巻き起こす「LOVEマシーン」以前、
今思えばかなり大人びた雰囲気をまとっていた。
『モーニングコーヒー』『サマーナイトタウン』『抱いてHOLD ON ME!』といった楽曲は、
恋や孤独、切なさを真正面から歌い、
「明るく元気なアイドル」という既存のイメージとは明らかに異なる空気を放っていた。
歌詞も、メロディも、そしてメンバーの表情も、どこか背伸びをしていて、でも等身大だった。
だからこそ、私たちは彼女たちを「手の届かない存在」としてではなく、
少し年上の、現実にいそうなお姉さんたちとして見ていたのだと思う。
やがて時代が進み、メンバーが入れ替わり、グループは何度も形を変えていく。
5期として加入した髙橋愛は、
当初は決して器用なタイプではなかったが、
圧倒的な努力と身体表現で、モーニング娘。のパフォーマンス水準を引き上げた存在だった。
彼女の在籍期に培われた「ライブで魅せる」意識は、のちのグループの礎になったと言っていい。
さらに時代が下り、9期として鞘師里保が加入する。
彼女の登場は、それまでの「成長を見守る」モーニング娘。像を、
一気に「引っ張る存在が現れたグループ」へと変えた。
年齢に見合わないスキル、センターを背負う覚悟。
彼女の存在は、再びモーニング娘。に緊張感と期待を呼び戻した。
当時の私たちにとって、彼女たちは「比べる対象」ではなかった。
ただ可愛くて、かっこよくて、歌って踊れる――
自分とはまったく違う世界にいる存在だった。
松浦亜弥、藤本美貴、真野恵里菜…ソロアイドルの系譜

のちに俳優業がメインとなるメンバーも
ハロプロはグループだけでなく、
ソロや他ジャンルへの展開でも、女性像の幅を広げていく。
藤本美貴は、強い自己主張と歌声で“アイドル像”を更新し、
真野恵里菜は、ハロプロ出身という枠を超えて俳優として飛躍した。
工藤遥は、ボーイッシュな個性を武器に、
卒業後、本格的に俳優の道を歩み始めた。
そして鈴木愛理。
アイドルとしても、ボーカリストとしても、
「完成度」という言葉がこれほど似合う存在は稀だった。
彼女のキャリアは、ハロプロが単なるアイドル育成組織ではなく、
表現者を育てる場であることを強く印象づけた。
こうして振り返ると、
私たちが憧れていたのは、単なる“可愛さ”ではなかった。
迷いながら、選びながら、前に進んでいく姿そのものだった。
だからモーニング娘。は、
最初からずっと、「憧れのお姉さん」だったのだと思う。
同時期に活躍していた太陽とシスコムーンの大人びた雰囲気、
カントリー娘。の牧歌的な世界観、
そして後に“国民的ソロアイドル”と呼ばれる松浦亜弥の完成度。
ハロプロは最初から、「いろいろな女性像」を提示していた。
だからこそ私たちは、無意識のうちに「なりたい姿」をそこに重ねていたのだと思う。
℃-ute、Berryz工房…ハロプロ研究生出身のデビュー。

同年代になったとき、感情は一気に複雑になる
6期メンバーとして加入した道重さゆみ、田中れいな、亀井絵里。
彼女たちと年齢が近づいた頃、モーニング娘。を見る視線は明らかに変わった。
努力して手に入れたポジション。
歌割りひとつ、センターに立つ一瞬に詰まった重圧。
「すごい」という尊敬と同時に、
「同い年なのに」という言葉にならない感情が生まれる。

Berryz工房が小学生でデビューし、
℃-uteが“実力派”として評価され始めたとき、
私たちは初めて「比較する視線」を持ってしまったのかもしれない。
それでも、簡単に離れられなかった。
なぜなら彼女たちは、成功だけでなく、挫折や迷いもステージ上に持ち込んでいたからだ。
Buono!や月島きらり starring 久住小春、シャッフルユニットや期間限定ユニット。
「変わること」を否定しなかったからこそ、その挑戦に、いつでも新鮮に愛し続けることができた。
卒業を“喪失”として受け止めなくなった日

かつて卒業は、「終わり」だった。
後藤真希の卒業、安倍なつみの卒業、
そのたびにグループが別物になってしまうような感覚があった。
しかし、何度も卒業を見送るうちに、見え方は変わっていく。
自分自身も、進学や就職、環境の変化を経験し、
「去ること=失敗ではない」と知っていった。
道重さゆみの卒業公演は、その象徴だった。
リーダーとしてグループを背負い切り、
「自分の役割を全うして去る」という姿勢は、
喪失ではなく“完結”として受け止められた。
年下の妹を見守るようになった現在地

気づけば、現役メンバーのほとんどが年下になった。
譜久村聖、生田衣梨奈、石田亜佑美、佐藤優樹。
彼女たちの成長を、親戚のような距離感で見ていた自分に驚く。
さらに後輩世代――
小田さくらの歌唱力、牧野真莉愛の天性のアイドル性、山崎愛生の柔らかな存在感。
完璧であることよりも、
「どう成長していくか」に心を動かされるようになった。
ハロプロが30年続いた理由をファンの側から考える

ハロプロは、常に“完成形”を固定しなかった。
モーニング娘。はメンバーが入れ替わることを前提とし、
アンジュルムは進化を恐れず、
Juice=Juiceは歌唱力を武器にし、
BEYOOOOONDSは表現の枠を壊し続けている。

ファンもまた、変わりながら居続けることができた。
女性ファンにとってのハロプロとは何だったのか

ハロプロは、人生の節目を映す鏡だった。
恋愛、仕事、迷い、挫折。
そのすべてのそばに、誰かの歌があった。
ソロとして歩み続ける後藤真希、
表現者として再評価された道重さゆみ、
舞台や表現の場を広げるOGたち。
「アイドルを卒業しても終わりじゃない」
その姿を見せ続けてくれたことも、大きかった。
次世代への期待、30周年の先へ

30周年は、ゴールではない。
これからもモーニング娘。、そしてハロプロは形を変え、新しいグループが生まれ、
誰かが加入し、誰かが卒業していく。
そして私たちも、年を重ねていく。
それでも、「今も見ていたい」と思える場所があること。
それこそが、ハロー!プロジェクトが30年続いた、何よりの答えなのだと思う。



コメント